工業

実践事例 環境およびエネルギーを考える教材~燃料電池~

・1.はじめに

地球温暖化による環境問題や原油価格の高騰によるエネルギー問題は、日常生活の問題となっており、対策や解決に向けた様々な取り組みが、新聞をはじめ各種マスコミで報道されている。環境やエネルギーについての学習は、今後ますます重要となることが予想され、それらの基本を生徒に対して、興味・関心を持たせながら学習する教材として燃料電池があげられる。


・ 2.「工業技術基礎」における

環境およびエネルギーの学習内容
教科書「工業技術基礎」の本文から、関連する箇所を以下に抜粋した。

【p.268(1)クリーンなエネルギーによる発電の利用】
「省エネルギーや地球温暖化対策のための二酸化炭素の削減のために、高効率でクリーンなエネルギーが研究・開発されている。現在の発電量は、既存のエネルギー源に比べてわずかであるが、コスト削減や量産化により将来有望なエネルギー供給方式となっている。クリーンなエネルギー発電には、図1~3に示すような太陽光発電や風力発電および燃料電池のほかに、太陽熱発電や地熱発電などがある。…」ユビキタス社会を実現し、持続的成長可能な社会を構築していくには、自然再生エネルギーの貯蔵手段としての電池や、燃料電池などの環境適合性の高い技術が期待されており、学習内容に必要であることがわかる。
現在の教科書「工業技術基礎」における、環境およびエネルギーに関する実験内容は以下のとおりである。

・手回し発電式ラジオをつくろう… p.270
・食用油からせっけんをつくろう… p.277
・牛乳パックからはがきをつくろう… p.281
・環境測定をしてみよう… p.285

運動エネルギーを電気エネルギーに変換して発電させる実験は取り扱われているが、化学エネルギーから電気エネルギーに変換する実験は扱われていない。このようなことから、燃料電池の基礎的な知識や基本的な実験を習得させ、環境やエネルギーについて考察できる教材開発が必要と考える。

図1

・ 3.燃料電池とは

燃料電池の原理が発見されたのは、 19 世紀中頃、イギリスのグローブ(Grove )による実験であるといわれており、20 世紀に入り宇宙事業や自動車産業などで実用化され様々な研究が進められている。電池とあるため、乾電池や蓄電池のように電気を貯蔵するイメージがあるが、実際は水素と酸素の化学反応により、水を生成する過程で発生する電気を取り出す装置であり、化学力発電と呼ばれることもある。水に電気を流して水素と酸素を生成する水の電気分解の逆反応としてもよく知られている。


なお、燃料電池が次世代のエネルギーとして期待される理由は、エネルギー変換効率が高く排出物が水ということから、地球環境問題における二酸化炭素の排出抑制の有効な手立てのひとつになると考えられているからである。

・ 4.実験と考察

燃料電池の基本的な実験として取り組んだ事例を以下に紹介する。
まず、水の電気分解を行い、その逆反応によって発電を確かめる実験を行った。身近に感じさせるため、電極に炭を使い、水の電気分解のための電源として可変電圧器を用いた。逆反応させるとLED が点灯した(図2 、 3)。
また、鉛筆の芯やフィルムケースを使った実験では、電気分解の際の電源として、手回し発電機(図4)やソーラー
パネルなどを用いた。それぞれLED の点灯や電子オルゴールのメロディ演奏ができた(図6)。

図2 図3 図4

図5 図6

図7

これらの実験では、水の電気分解を行うために各種の電源を用いたが、そのことが蓄電器との誤解を生じさせるおそれがないかを懸念したため、実験教材を製作し、水素を燃料電池に直接供給する実験について行った。
はじめに、実験で使用する電極として、塩化パラジウムのめっき液を調製し、ステンレス金網表面にパラジウムめっきを施した(図7)。


次に、プラスチック容器の横に穴を開け、水素ガス供給口を設けた。その後、ふたの中央部に金網をはめ込むように切り取った。
パラジウムめっきを施した金網を2 枚に切り分け、プラスチック容器本体に金網を1枚載せ、その上に金網の大きさに合わせて切り取ったろ紙と紙製ウエスを置き、プラスチック容器のふたをはめて押さえた。そして、プラスチック容器のふたの切り取った部分にもう1枚の金網をはめ込んだ。
0.5M のNaOH 水溶液を注いで電極を十分に湿らした後に、水素ガスを供給した。また、発生する電圧を測定するためにテスターを接続した(図8 、 9 )

図8 図9

発生した電圧は0.1V 程度であり、現在、条件を変化させて実験を繰り返し行っている状況である。
図10 は市販品の燃料電池を用いた実験である。ボンベから燃料電池に水素が供給されると電子メロディが演奏され、発電したことが簡単に確認できる。生徒には手づくりの燃料電池の実験後に、既製品の燃料電池を行えば、燃料電池に種類があることも理解でき効果があると考える。

表1 図10

 


図11

最後に、燃料である水素はボンベの使用が実験では便利であるが、実際に水素を製造させることも有意義ではないだろうか。中学校の理科で学ぶ金属と酸との反応により水素を製造させ、燃料電池に供給させる。
図12 に金属亜鉛と塩酸の反応により水素を発生させ燃料電池に供給した実験を示す。この方法では十分な発電が得られなかったが、工業的な水素の製造方法に注目させることができると考える。燃料電池の実用化に向けて水素製造は大きな課題となっており、現状では、天然ガスなどの炭化水素の水蒸気改質による方法や製鉄所のコークス製造の際の精製分離がよく知られている。また、解決に向けた自然再生エネルギーを用いた工業的技術の研究が盛んに行われている。このことは、燃料電池をもとに、環境やエネルギーについて、さらに学習を深化させることができるものと考える。


・5、おわりに

燃料電池は、学校の理科の教科書によっては既に記載されているものもあることから、高校での環境やエネルギーの題材として基礎的・基本的な内容として扱える。工業高校の生徒が、環境やエネルギーについて学習する科目の一つとして、学習指導要領で原則履修科目である「工業技術基礎」があげられ、その内容に燃料電池の実験が考えられる。「工業技術基礎」の教科書の他には、化学系学科では「工業化学Ⅰ」や「地球環境化学」に扱われているが、まずは、工業技術基礎で行う実験がより専門的な学習への動機付けのひとつになるように展開することが最適である。
燃料電池の実験は、水の電気分解を行い発電させる実験だけでなく、燃料である水素を燃料電池装置に送り発電させる実験が必要と実感している。実験実習として必要なことは、動く、光る、音が鳴るというようなことも大切であるが、それらと合わせて、条件の違いによる発生電圧の測定や経過時間による観察など実験データが取れることも大事な要素ではないかと考える。燃料電池をそのような教材とするための取り組みが必要であろうし、そのための取り組みができればと考える。併せて、持続的成長可能な社会を担う中堅技術者(スペシャリスト)の育成につながるようにしたいと考える。

6.資料

(1)実験材料について
薬品
塩化パラジウム(Ⅱ)和光純薬1g : 4200 円
(塩化白金(Ⅳ)酸・6 水和物1g 和光純薬: 5500 円)
酢酸鉛(Ⅱ):学校保管分を使用
水酸化ナトリウム:学校保管分を使用
亜鉛(粒状):学校保管分を使用
塩酸:学校保管分を使用

器具
電気分解炭素棒セット中村理科一式7200 円
水素ボンベ中村理科1 本880 円
メッシュステンレス金網495 円
プラスチック容器105 円
直流電源装置:学校備品を使用
ディジタルマルチメーター(sanwa PC5000)
燃料電池キット(大同メタル) 8195 円

内容物
燃料電池本体および冊子
電子オルゴール

水素ボンベ(大同メタル) 2000 円
手回し発電機2100 円
備長炭766 円                         など


(2)参考文献
工業技術基礎実教出版
工業化学Ⅰ 実教出版
地球環境化学実教出版
未来へひろがるサイエンス第1分野上下啓林館
平成18 年度第38 回東レ理科教育賞冊子
化学と教育Vol54 No.11、578(2006)
化学と教育Vol55 No.4、162(2007)
基礎から学ぶ燃料電池(大同メタル)
材料化学(化学実験テキスト研究会) 産業図書
2006 エネルギー環境教育フォーラム資料
化学と教育Vol56 No.3(2006)