2007年度 センター試験【世界史A本試】解説
第1問
問1【ビザンティウムの都市名の変遷】
ビザンティウムは,教科書p.29の地図中にあり,コンスタンティノープルが教科書p.30にある。「コンスタンティヌス帝は,キリスト教公認やコンスタンティノープル遷都などにより帝国の再建をはかったが,」(教科書p.29)とあり,ビザンティウム→コンスタンティノープルであることがわかる。
イスタンブルは,教科書p.61の地図にあり,コンスタンティノープルの表記と併記されていることから,コンスタンティノープル→イスタンブルと判断でき,(2)が正解となる。
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問2【イエニチェリ】
(1)正文。
「しだいにイェニチェリを中核とする常備軍にかわっていった。」(教科書p.62)とあり正文。
(2)正文。
スルタンの直属であることは,教科書p.62の模式図から正しいと判断できる。
(3)正文。
キリスト教徒の子弟を徴収」と教科書p.62の模式図に書かれているので正しいと判断できる。
(4)誤文で正解。
教科書p.104の本文に「1908年の青年トルコ革命」,同頁に西欧化されたオスマン軍の絵解説にある「特権集団化したイェニチェリは1826年に廃止された」があり,時期が異なり,これが誤文であり正解となる。
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問3【オスマン帝国の軍事活動】
(1)「セリム1世は,サファヴィー朝をやぶり,ついでエジプトのマムルーク朝を滅ぼした。」(教科書p.62)とあり正文で正解。
(2)「1683年のウィーンを包囲(第2次)に失敗,その後,ヨーロッパの領土のほとんどを失った。」(教科書p.62)とあり,フランスのパリではなくウィーンで誤り。
(3)「13世紀末小アジアに移住したトルコ人がオスマン朝を建国したが,ティムール帝国にやぶれ(アンカラの戦い),いちじ衰えた。」とあり,ティムール帝国に勝利したのではないので誤り。
(4)ガーナ王国を滅ぼしたのは,オスマン帝国ではなく,ムラービト朝。
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問4【18世紀の三角貿易】
大西洋三角交易(教科書p.75)で,図版の説明のなかに「ヨーロッパから小銃・雑貨など」「さとう・タバコなどアメリカ物産」「アフリカ人奴隷」の記述がある。小銃は火器となる。
「アジアから伝えられた砂糖やコーヒー,アメリカからのタバコなどは,18世紀をむかえるころまでに,ヨーロッパ人の生活にとけこんでいた。とくに砂糖は,食卓をゆたかにし,コーヒーや茶を飲むときにも欠かせなかったので,その需要は急増した。そこで各国は,競ってアメリカ大陸や西インド諸島でサトウキビやタバコのプランテーションの経営をはかった。
多大な労働力を必要としたこれらのプランテーションには,アフリカ人が奴隷として送りこまれた。こうしてヨーロッパは,ぼう大なアメリカ物産の輸入を奴隷貿易によって埋めあわせるという大西洋交易圏を成立させた。」とあり,以上から正解は(4)となる。
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問5【技術革新や兵器】
(1)誤文。
ダイナマイトはノーべルの発明であり,17世紀ではなく,19世紀。ノーベル賞は1901年に創設されたので20世紀。
(2)誤文。
「1820年代にスティーブンソンにより蒸気機関車が実用化される」(教科書p.79)とあり,18世紀ではなく19世紀なので誤り。
(3)教科書p.79の年表に「1764 ハーグリーヴズ,ジェニー紡績機を発明」,同頁注1のコークスの記述とあいまって誤文となる。
(4)正文で正解。
教科書p.133コラム「空飛ぶ兵器,戦争と技術革新」に「第一次世界大戦では,この飛行機をはじめ,戦車・毒ガスなどの多くの新兵器が使用された。」とあり正しい。
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問6 【18世紀のヨーロッパにおける経済や経済思想】
(1)教科書p.81の「アダムスミス(1723〜90)」の解説に「イギリスの経済学者。『諸国民の富』で」とあり正文で正解。
(2)「マルクスは,さらに,『資本論』において資本主義社会を分析し,」(教科書p.97)とあり,表記されたマルクスの生没年が1818〜83とあり,19世紀であることから誤り。
(3)教科書p.93に「次々に工場法を定めて労働時間や雇用年齢を制限した。」とあり,工場法の注に「1833年,1844年,1847年の三度にわたって」とあり,19世紀であることから誤り。
(4)教科書p.97の「社会主義の発展」の小見出しの項目は19世紀の記述であり,注に「プルードン(仏)は,無政府主義に大きな影響を与えた。」とあり,やはり19世紀であることから誤り。
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問7【18・19世紀の戦争】
(1)「北方戦争でスウェーデンをやぶってバルト海に進出した。」(教科書p.72)とあり,スウェーデンが勝利したのではないことから誤文。
(2)「18世紀なかばにはフリードリヒ2世治下のプロイセンは,マリア=テレジア治下のオーストリアをオーストリア継承戦争と七年戦争でやぶってヨーロッパの強国の地位についた。」(教科書p.73)とあり,オーストリアとプロイセンとは同盟してないことから誤文。
(3)「数度に及ぶマイソール戦争・マラータ戦争・シク戦争でこれらの勢力を解体し服属させた。こうして,イギリスによるインド征服は,19世紀なかばにはほぼ完了」(教科書p.106)とあり,フランスではなくイギリスで誤文。
(4)「イギリスは,1840年,宣戦を布告し,遠征軍を送った。清朝は徹底抗戦できずに敗北し,1842年,南京条約をむすんだ(アヘン戦争)。」とあり,正文で正解。
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問8【第一次世界大戦前の協力関係や参戦理由】
(1)「独・墺・伊の
29三国同盟」(教科書p.132)とあり,スペインはなく誤文。
(2)「英・仏・露の三国協商」(教科書p.132)とあり,正文で正解。
(3)教科書p.130の「三国同盟と三国協商」の図版で「1902〜21 日英同盟」とあり,「日本を含む多くの国々が参戦して第一次世界大戦となった。」(教科書p.132)とあわせて,フランスではなくイギリスであり誤文。
(4)「1914年6月末,オーストリアの皇位継承者夫妻が訪問先のボスニアのサライェヴォで,セルビアの民族主義者に狙撃されて死んだ(サライェヴォ事件)。」(教科書p.132)とあり,ロシアではなくオーストリアであり誤文。
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問9【第一次世界大戦中の各国の動向】
(1)誤文。スウェーデンでなくドイツ。
「ドイツは東西の両戦線での同時戦闘をさけ,中立国ベルギーに侵入し,短期間でフランスを屈服させたのち,ロシアとたたかうという計画をもっていた。」(教科書p.132注(1))とある。
(2)誤文。アメリカは,中立を最後まで維持せず,途中から参戦した。
「大戦中アメリカは中立を保ちながら,交戦国,とくに協商国側に軍需品や食料を輸出していたが,ドイツの無制限潜水艦作戦の開始を理由に,1917年4月に参戦し,戦局は協商国側に有利となった。」(教科書p.133)
(3)誤文。マルヌではなくタンネンベルク。マルヌは教科書p.132の地図にあり,ドイツとフランスとの間にある。
「東部戦線では,ドイツ軍はタンネンベルクでロシアを大敗させたが,」(教科書p.132)
(4)正文で正解。
「また交戦国は,それぞれの植民地・従属国の民衆を動員し,戦争への協力とひきかえに戦後の自治権付与や独立などを約束した。」「イギリスがおこなった,フサイン=マクマホン協定,バルフォア宣言,インドへの自治権付与の約束などがある。」(教科書p.133本文と注(3))
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問10【ピカソとゲルニカ】
ゲルニカは一般知識としてもっておきたい。「1808年5月3日」の解説に「スペインに攻めいったナポレオン軍は,抵抗する市民を処刑した。ゴヤ絵」(教科書p.87)とあり,ゴヤはナポレオンのスペイン侵略の箇所に掲載されているので,スペイン内政の時期ではないと判断できる。
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問11【20世紀の戦争】
(1)正文で正解。
教科書p.153にある本文「イギリスは新首相チャーチルの指導下でドイツ軍の猛爆撃にたえ,」と写真解説「ドイツ空軍の爆撃をさけるロンドンの小学生と先生」
(2)誤り。
「アメリカは8月6日と9日に人類初の原子爆弾を広島と長崎に投下して」(教科書p.157)と教科書p.189の地図中の「ビキニ島 1946年から1962年までに66回にわたりアメリカの核実験がおこなわれた。」
(3)誤り。
「教科書p.72地図。「ジョンソンが政権につくと,南ヴェトナムでのゲリラ闘争の鎮圧をいっそう重視し,これを支援する北ヴェトナムに軍事的圧力をかけて支援を中止させる必要があると判断した。………地上軍を南ヴェトナムに投入した(ヴェトナム戦争)。北ヴェトナムと南の解放勢力は,中国・ソ連などの支援を受け,ジャングルなどの地理的条件も活用して戦争を有利に展開した。」(教科書p.169)
(4)誤り。
教科書p.180の本文「チェチェンの分離独立を求める勢力に対しては,強硬な鎮圧作戦が続けられており,」。写真解説に「1991年,チェチェン民族会議が独立を宣言すると,1994年および1999年,ロシア軍が武力進攻をおこなってゲリラ戦を誘発した。」
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第2問
問1【インド洋におけるムスリムの活躍】
教科書p.39のまとめ図に「ムスリム商人のダウ船交易。8世紀以降,アラビア海中心にインド洋へも進出。」とあり,アはイスラーム教徒(ムスリム)であると判断できる。
教科書p.49の本文に「ムスリムの宦官であった鄭和に南海遠征を命じた。の艦隊は,7回にわたって東南アジアからインド洋に遠征し,その一部はペルシア湾からアフリカ東海岸に達した。」,さらにまとめ図の地図に鄭和の航路が示されていることから,イは鄭和であると判断できる。
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問2【インドで発達した宗教や文化】
(1)正文で正解。
上座部仏教はセイロン島を経てビルマ・インドシナ半島など東南アジア方面にひろまった。」(教科書p.19)
(2)誤り。
サーンチーのストゥーパは,マウリヤ朝時代に建てられたので,ヒンドゥー教ではなく,仏教の建築物。
(3)誤り。
教科書p.17に「彼らは,太陽や風や雷などの自然の力や自然現象に神性を認めてこれをほめたたえる賛歌集『リグ=ヴェーダ』をうんだ。」「ヴェーダ信仰の司祭者としてのバラモンの力が強くなり,祭式を重視するバラモン教が成立した。」「ヴァルダマーナはジャイナ教をひらき,きびしい修行と不殺生などの戒律を厳格に守ることによって霊魂が救済されると説いた。仏教もジャイナ教も,ともにバラモン教の権威主義・形式主義を批判し,ヴァルナ制度の身分差別に反対した。」
(4)誤り。
「大乗仏教はクシャーナ朝のもとで発展し,」(教科書p.19)
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問3【イギリスのアジアにおける活動】
(1)正文。
「イギリスは,制限貿易を打開するために使節を派遣したが,成功しなかった。そのため,インドでケシを強制栽培させ,アヘンをつくって中国に密輸した。」(教科書p.114)
(2)正文。
教科書p.109に「イギリスは18世紀末からふたたび東南アジアに進出し,インド征服をほぼ終えた19世紀前半に,シンガポール・マラッカ・ペナンからなる海峡植民地を成立させた。」「19世紀末にはタイ(シャム)をのぞく東南アジアは,列強の植民地支配のもとにおかれた。各地で欧米資本によるプランテーション農業や鉱山開発がすすめられ,ゴム・マニラ麻・砂糖・コーヒー・錫・石油など多くの特産品や資源が世界に供給された。」
(3)誤文で正解。タイではなく,インド。
「1757年のプラッシーの戦い
でフランスに勝利したイギリス東インド会社は,ベンガル地方の徴税権を獲得した。」(教科書p.106)
(4)正文。
「3度にわたるビルマ戦争の結果,ビルマをインド帝国に編入した。」(教科書p.109)
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問4【19世紀後半に中国で起こった出来事】
(1)誤り。20世紀初めの出来事。
「1912年1月,南京で中華民国が成立し,孫文が臨時大総統に就任した。アジアで最初の共和国の誕生となった辛亥革命である(第一革命)。」(教科書p.121)
(2)誤り。20世紀前半の出来事。
「1931年9月18日,関東軍は柳条湖で南満州鉄道の線路を爆破し,これをきっかけに満州を軍事占領し(満州事変),」(教科書p.149)
(3)誤り。
「民族主義の高揚に刺激された孫文は,1919年中国国民党を組織し,広東省に政府を樹立して,北京の軍閥政権に対抗した。」(教科書p.148)
(4)正文で正解。
「彼らは1898年西太后ら保守派に対し,光緒帝を擁立して,明治維新を模範とする政治改革を断行した。」(教科書p.119)
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問5【三国干渉】
「ロシア・フランス・ドイツ3国は日本の遼東半島領有に反対し,清に返還させたが(三国干渉)」
(教科書p.119)から(5)が正解となる。
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問6【ワシントン会議】
「1921〜22年にアメリカの提案でワシントン会議がひらかれ,中国に関する九か国条約がむすばれた。また,米・英・仏(フランス)・日は,太平洋地域での現状維持などを決めた四か国条約をむすび,この結果,日英同盟は廃棄された。」(教科書p.137)
(1)正文
(2)正文
(3)誤文で正解。イギリスではなくアメリカ。
(4)正文。
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問7【第2次世界大戦の日米の海戦】
(1)正しくて正解。
「アジア・太平洋では,それに先だつ1942年6月のミッドウェー海戦において日本は海軍力の多くを失い,」(教科書p.156)
(2)誤り。
日本海海戦は,日露戦争の際の戦い。
(3)誤り。
教科書p.62の「スレイマン大帝(左)とスレイマンモスク(右)」の解説に「プレヴェザ海戦(1538年)でスペインなどの連合艦隊をやぶり,」(教科書p.62)
(4)誤り。
「ナポレオンは,海上ではトラファルガーの海戦でネルソンのイギリス艦隊にやぶれ,」(教科書p.86)
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問8【ケープ植民地】
アはオランダが正しい。
教科書p.112本文「アフリカ南部において,ケープ植民地の北方にブール人がたてたトランスヴァール共和国・オレンジ自由国に侵入し,南アフリカ(ブール)戦争をおこした。」
側注部のブール人の絵解説に「オランダ系移民の子孫。ブールとは農民の意味,元来はオランダ東インド会社社員がケープ植民地入植者を蔑視した呼称。」
イはイギリスが正しい。
教科書p.103本文「イギリスは「インドへの道」を確保するため,スエズ運河の株を買収してこの地方の支配権をにぎり,インド洋までの地域を勢力圏にしようとする3C政策をすすめた。」
側注部の「3C政策と3B政策 3Cは,ケープタウン(CapeTown)・カイロ(Cairo)・カルカッタ(Calcutta)の3都市,3Bは,ベルリン(Berlin),イスタンブルの旧名ビザンティウム(Byzantium),バグダード(Baghdad)の3都市の頭文字。」
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問9【スエズ運河】
(1)正文で正解。
教科書p.105の絵解説「フランス人レセップスがエジプトと共同開発で,1859年に着工し,10年間の難工事により完成。」
(2)誤文。アメリカ合衆国ではなくイギリス。
「エジプトは世界市場にとりこまれながら,近代化政策をすすめ,1869年にはフランスとの共同開発でスエズ運河を開通させた。ところが過剰な建設費用は財政難をまねき,1875年には運河会社の株をイギリスに売却し,国家財政もイギリス・フランスの管理下におかれた。」(教科書p.105)
(3)誤文。パレスティナ戦争(第1次中東戦争)ではなくスエズ戦争(第2次中東戦争)
「国連がパレスティナを両民族の国家に分割することを決議し,ユダヤ人のイスラエルが成立すると,周辺のアラブ諸国がイスラエルを攻めたが敗北した(パレスティナ戦争,第1次中東戦争)。
 敗戦の衝撃から,アラブ側の中心であったエジプトでは,王政への不満が爆発し,1952年にエジプト革命がおこり,翌年に共和国が成立した。1954年に政権をにぎったナセルは,民族主義政策を推進し,1956年,スエズ運河国有化を宣言した。これに対して,イギリス・フランス・イスラエルがエジプトに侵攻してスエズ戦争(第2次中東戦争)となったが,」(教科書p.166)
(4)誤文。イラクはクウェートに侵攻したが,スエズ運河を占領していない。
「イラクは,1990年8月,クウェートに侵攻し,これを併合する政策をとったため,国連は撤退要求を決議したが,イラクはこれを無視し,フランスなどの調停も拒否した。これに対してアメリカは,国連決議を背景に多国籍軍を組織し,1991年1月,湾岸戦争を開始した。」
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問10【パナマ運河とオーストラリア】
aについては,(1)が正しく正解で,(2)は誤文。パナマ運河はスエズ運河開通後に完成した。
教科書p.111には,「1903年,アメリカはパナマのコロンビアからの独立を支援した見返りに,パナマ運河の永久租借権を得て,翌年から運河建設に着工した。1914年に開通したパナマ運河は,」とある。
bについては,(3)は誤文。もともとイギリスの流刑植民地で,フランスから割譲されていない。(4)も誤文。オーストラリアはアメリカの植民地となったことはない。イギリスの自治領となった。
教科書p.113には,「イギリスの流刑植民地であったオーストラリアでは,本国で産業革命が進行すると,自由移民が許可され,牧羊業が開始された。1850年代に金鉱が発見されると移民が急増し,1901年オーストラリア連邦としてイギリスの自治領となった。」とある。
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問11【アフリカの独立国】
(1)正文。
教科書p.112の地図にリベリア共和国が独立国として表示されている。
「独立国はエチオピア帝国とリベリア共和国だけになった。」(教科書p.113)
(2)正文。
教科書p.166の地図に「リビア1977(1951王国 1959共和国)」とある。
(3)誤文で正解。ベルリン会議では,独立でなく分割の決定がなされた。
「1884年,ビスマルクの提唱によりベルリン会議がひらかれ,列強は「アフリカの土地先占権」を認め,アフリカ分割の合意がなされた。」(教科書p.112)
(4)正文。
「1960年にはカメルーン・コンゴなど17か国が独立した。このことから1960年は「アフリカの年」といわれた。」(教科書p.166・167)
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第3問
問1【ジェファソン】
(1)誤り。リンカンのこと。
教科書p.100のリンカンの絵に「…で演説するリンカン。この演説のなかの「人民の,人民による,人民のための政治」ということばは…」
(2)正文で正解。
「同年,フィラデルフィアで独立宣言が発せられた。ジェファソンらが中心になって起草したこの文書は,」(教科書p.82・83)
(3)誤文。ジェファソン死後のことであり,また,オレゴンは米英共同領有地であったものを1846年に北緯49度を国境にして分割した。 教科書p.98の地図に「オレゴン(1846)」とあり,教科書p.83記載の「ジェファソン(1743〜1826)」の死後のできごととなる。
(4)誤文。ミシシッピ川以西のルイジアナはイギリスではなく,フランスから買収した。
教科書p.98の地図に「ルイジアナ 1803(フランスより買収)」とある。
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問2【19世紀前半のアメリカ合衆国】
(1)誤り。18世紀。時期違い。
「1787年ようやく合衆国憲法が制定され,」(教科書p.83)
(2)誤文。民主党は北部ではなく,南部が支持基盤。
「ジャクソン支持派は民主党,反対派はのちの共和党を結成し,」(教科書p.98)と「共和党も正式に発足し,民主党は南部,共和党は北部を支持基盤に,主導権を競いあった。南部と北部の対立はしだいに激化し,1850年代末には,一触即発の状態になった。」(教科書p.99)
(3)正文。
教科書p.98の側注部の絵解説 「涙の旅路」に「…ジャクソンの時代に強制移住法が制定され,インディアンは強制的にミシシッピ川以西の不毛教居住区に追いやられた。」とあり,同頁の本文に「ジャクソン(任1829〜37)」とある。
(4)誤り。19世紀末。時期違い。
「1899年,国務長官ジョン=ヘイが「門戸開放」「機会均等」をかかげ,翌年には「領土保全」を提唱して,中国分割に加わった。」(教科書p.119)
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問3【南北戦争】
(1)誤り。時期違い。
「1757年のプラッシーの戦いで,イギリスはインドからフランス勢力を追いだし,同時期のフレンチ=インディアン戦争では,」(教科書p.75)
(2)誤り。時期違い。
「…,イギリスの海上封鎖策と衝突し,米英戦争(1812〜14年)がおこった。」(教科書p.98注(1))
(3)正しい。
「1860年,共和党のリンカンが大統領に当選すると,翌年,南部諸州はアメリカ連合国を建設して合衆国から分離独立することを宣言した。…,ついに両者の間に南北戦争がおこった。」(教科書p.99)
(4)誤り。時期違い。20世紀。
 「1914年6月末,…,…(サライェヴォ事件)。…,7月末にセルビアと開戦した。ロシアはセルビアを助け,イギリス・フランスもロシア側につき,日本を含む多くの国々が参戦して第一次世界大戦となった。」(教科書p.133)
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問4【20世紀のアメリカ合衆国大統領】
(1)誤文。ヴェトナム戦争を終結に導いたのは,ケネディではなくニクソン。
「ニクソン共和党政権は,はげしくなるいっぽうのヴェトナム反戦運動をしずめ,かつアメリカ経済を回復するため,ヴェトナム戦争の縮小と,社会主義陣営とのデタント(緊張緩和)をはかった。…,…。また中国との対決をやめ,みずから訪中して関係を改善した。1973年1月にはヴェトナム和平協定に調印し,8年にわたってたたかい続けたヴェトナムから撤兵した。」(教科書p.170)
(2)正文。
(3)正文。
レーガン共和党政権は,就任当初は軍事力の増強をはかった。」(教科書p.170)
(4)正文。
教科書p.170の写真解説に「マルタ会談 1989年12月 ブッシュ(左)とゴルバチョフ(右)は,米ソの冷戦の終結を宣言した。」とある。
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問5【ロシアの領土拡大】
(1)誤文。イェルマークはピョートル1世より前の人物。
「1613年に成立したロマノフ朝の4代目のツァーリであるピョートル1世は西欧文化を積極的にとりいれて近代化をはかり,北方戦争でスウェーデンをやぶってバルト海に進出した。」(教科書p.72)
(2)正文。
「18世紀後半のa name="97">エカチェリーナ2世は3回のポーランド分割に加わり,プロイセン・オーストリアとともにポーランドを分割してしまった。この間,ロシアはシベリアを東進し,アラスカまで到達した。」(教科書p.72)
(3)誤文。トルコマンチャーイ条約はイランのカージャール朝とロシアとで結ばれた条約。
「トルコ系のカージャール朝が成立したが,19世紀前半,ロシアとイギリスの侵略を受け,治外法権や領土割譲を認める不平等条約をむすばされ,利権をうばわれた。」(教科書p.105)
(4)誤文。ロシアが沿海州を獲得したのは,イリ条約ではなく,北京条約。
「ロシアはアイグン条約(1858年)によって黒竜江以北の地を手に入れ,1860年にはアロー戦争調停の報償として沿海州地域をうばい(清露北京条約),ウラディヴォストークを建設しアジア侵略の基地とした。」(教科書p.115)
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問6【20世紀に誕生した世界の独立国】
(1)誤文。
ユーゴスラヴィアにあたる地域(セルブ=クロアート=スロヴェーン王国からの改組・改称)の独立は,教科書p.136地図からロシアからでなくオーストリアからであることが読み取れる。
(2)誤文。時期違い。第二次世界大戦後ではなく第一次世界大戦後。
教科書p.144の地図に「アフガニスタン王国 1919独立」とある。
(3)正文。
「オランダ領東インドでは,イスラーム同盟やインドネシア共産党による大衆運動が弾圧されたのち,1927年,スカルノの指導でインドネシア国民党が結成された。」(教科書p.146)
(4)誤文。ベルギーではなくイギリス。
「サハラ砂漠以南における大戦後最初の独立国は,エンクルマの指導するガーナであった(1957年)。」(教科書p.166)
教科書p.166の地図と教科書p.112の地図を比べてガーナはイギリスの植民地であったことがわかる。
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問7【ソ連】
(1)誤文。時期違い。ソ連の成立は1922年。
「1922年12月には,それまでに成立していたロシア・ウクライナ・白ロシア(現在のベラルーシ)・ザカフカースの四つのソヴィエト社会主義共和国が,ソヴィエト社会主義共和国連邦(ソ連)を結成した。」(教科書p.135)
(2)誤文。首都はペトログラードからモスクワに移った。
教科書p.135側注部の年表に1918に「首都をモスクワに移す」とある。
(3)誤文。時期違い。ネップは世界恐慌の前のできごと。
「1921年に新経済政策(ネップ)を提案し,政策を転換させた。」(教科書p.135)
世界恐慌は1929年以降(教科書p.140・141)
(4)正文。
教科書p.142側注(1)「農民の小経営をコルホーズ(集団農場)やソフホーズ(国営農場)にかえていくこと。スターリンの施策のなかで,現在最も批判されているのが,この強制的な農業集団化である。」
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問8【清】
(1)誤文。禁止ではなく強制した。
「征服王朝である清朝は,中国統治をすすめるため,科挙などの明朝の制度を維持し,中央の重要官職には満州族と漢族を同数配置するなど,漢族の懐柔につとめた。その反面,満州族の習俗であった弁髪(辮髪)
を強制し,」(教科書p.64)
(2)正文。
「中国への布教の方法をめぐって典礼問題がおこると,キリスト教の布教は禁止された。」(教科書p.67)
(3)誤文。西太后は変法運動を起こしたのではなく,抑圧した。
「日清戦争の敗北で,民族の危機にめざめた康有為・梁啓超らの知識人と若手官僚らは,清朝専制を立憲君主制に改革するようにと主張した(変法派)。彼らは1898年西太后ら保守派に対し,光緒帝を擁立して,明治維新を模範とする政治改革を断行した。しかし保守派のクーデタにあい,改革は約100日で失敗に終わり,」(教科書p.119)
(4)誤文。中国共産党を結成したのは袁世凱ではなく,李大サ。
「1921年には李大サらによって上海で中国共産党が結成された。」(教科書p.148)
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問9【中国と外国との関係】
(1)誤文。高句麗ではなく高麗。
教科書p.14側注部の地図に「北宋」とともに「高麗」があり,「高句麗」は教科書p.12の地図に「魏」や「北魏」とともに掲載されているので,誤りとなる。
(2)正文。
教科書p.51のコラム7の「貿易国家・琉球王国」に「琉球王国は,明朝と朝貢貿易をおこなうとともに」とある。
(3)正文。
教科書p.114本文に「イギリスは,制限貿易を打開するために使節を派遣したが,成功しなかった。」,側注(1)に「1793年のマカートニー,1816年のアマーストなど。」とある。
(4)正文。
「1862年,コーチシナ東部を割譲させ,翌年,カンボジアを保護国とした。その後,第三共和政のフランスがトンキン地方に侵攻してヴェトナムを保護国とすると,清は反発し清仏戦争をおこしたものの敗北した。」(教科書p.119)
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問10【日朝交渉史】
「日本は江華島事件を口実に,1876年,不平等条約である日朝修好条規(江華条約)を李朝に認めさせ,」(教科書p.117)とあり,(3)のcの時期が正解となる。
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問11【朝鮮】
(1)正文。
「しかし日本は,1910年に韓国併合を強行し,朝鮮を完全な植民地とした。」(教科書p.131)
(2)誤文。五・四運動ではなく,三・一独立運動。
「パリ講和会議の民族自決宣言への期待から,1919年3月1日,ソウル(京城)で知識人による独立宣言が発表され,朝鮮全土で「独立万歳」をさけぶ運動に発展した(三・一独立運動)。」(教科書p.147)
(3)誤文。バルフォア宣言ではなく,カイロ会談におけるカイロ宣言。
「1943年11月には英米中首脳によるカイロ会談,続いて英米ソによるテへラン会談をひらいて,独ソ戦での協力やソ連の対日宣戦,戦後の領土問題などを話しあった。」(教科書p.156)
教科書p.145側注部に「パレスティナをめぐる条約 バルフォア宣言(1917)英:ユダヤ人 ○パレスティナにおけるユダヤ人国家建設を認める」
(4)誤文。金日成が朝鮮民主主義人民共和国の首相になったのは朝鮮戦争より前のできごと。
「1948年,北に金日成を首相とする朝鮮民主主義人民共和国,南に李承晩を大統領とする大韓民国が成立した。1950年6月,北の軍隊が38度線をこえて侵入し,朝鮮戦争がはじまった。」(教科書p.165)
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